曳山博物館は、曳山を解体して修理をするドックを設けており、浜仏壇の職人たちの手によって修理が行われています。

仏壇が庶民に普及した江戸前期以後の長浜では、真宗門徒の信仰の厚さから浜壇といわれる仏壇造りが発展してきました。

現在の曳山がつくられたのも、浜壇の普及と同じころで、名彫刻師であった初代の藤岡和泉が、和泉壇といわれる浜壇の様式を確立しました。
その後、他の曳山も18世紀から19世紀にかけて、現在の曳山を藤岡和泉一門が作っていきました。

曳山の舞台や屋台の造り、唐破風の形や色、前柱の飾り金具、漆塗などの曳山の製造技術は浜壇と共通するものが多くあります。
浜仏壇工芸会には、木地師、塗り師、錺金具師、蒔絵師、木彫師という五つの専門職人おり、脈々と伝わってきた技で、曳山を修理しています。



